「サービス問題!?」の巻

旧約聖書 申命記 30:19、20
 

 試験なんかで先生が「これは生徒に点をとらせてやろう」なんて親心で、誰でも分かるような問題を出してくれる事ってありますよね。いわゆる「サービス問題」ってやつです。もし、誰でも分かるような二択問題で、しかも問題を出した人が「こっちを選びなさいよ」って言ってくれてるとしたら、それはもう、どう考えたってサービス問題ですよね。だってそこまでされて間違うはずがないじゃないですか。でも、ですよ。問題に答えるのと、実際に生活の中で行うのとでは、また違うんですよね。実はそんな話が、聖書に出て来るんです。
 旧約聖書の申命記ってところで、モーセと言う人がイスラエルの人々にこんな事を言ったんです。「私は、きょう、あなたがたに対して天と地とを、証人に立てる。私は、いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。あなたはいのちを選びなさい。」
 これはもう、簡単な二択問題じゃないですか。「いのちと死」のどちらか、そして「祝福とのろい」のどちらかを選びなさいって事です。一体誰が好き好んで「死」や「のろい」を選びたいと思うでしょうか。誰だって「いのち」と「祝福」の方を選びたいと思うんじゃないでしょうか。しかもモーセは「あなたはいのちを選びなさい」って、答えまで教えてくれているじゃないですか。これがサービス問題でなくて、なんだっていうんでしょう。
 このモーセの出した問題っていうのはつまり、こういう事なんです。これからあなた方が、神様に従って生きるなら、いのちと祝福を受ける事が出来ます。でも神様に従わないなら、死とのろいを受ける事になるんですっていう事です。イスラエル人達はもちろん、いのちと祝福を願ったはずです。ところがその後の彼らの生き方を見てみると、必ずしも願ったようにはなっていないんですね。というのは、イスラエル人達が実際にカナンの国に入って生活するうちに、彼らは本物ではない神様を拝むようになったり、神様の教えに背くような事をしたりするようになるんです。その結果、何度も神様のさばきを受けるような事になってしまうんですね。
 大体モーセはなぜ、こんな問題をイスラエル人達に出したかって言うと、それは彼らがこれから、カナンっていう、神様が与えると約束して下さった国に入る所だったからです。これから新しい国で新しい生活を始める彼らにとって、真の神様を信じ、その方に従って行く事こそがいのちと祝福の道だったからなんです。ここで大切な事は、まずいい方を選ぶ、という事です。そして選んだなら、今度はそれを行なう責任が伴うって事です。モーセの出した問題は、頭の中だけで考えて点を取るようなものとは違うんです。選んだ後、それを行なう、という責任も伴って来るものだったんです。そしてそれは、今の私達だって同じ事です。神様はいつも、私達の前に2つの選択肢を置かれます。つまりそれは「いのち」と「死」です。私達だってもちろん「いのち」の方を選びたいですよね。でもそれは、これからずっと神様に従って行く、という条件がついているんです。それを実際に行う時、私達はまさに本当の「いのち」と「祝福」の人生を歩む事ができるんです。どうかこれからも、よい方を選び取って、すばらしい人生を歩んで行きましょうね!

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