「秒で変えられる」の巻

新約聖書 コリント人への手紙第一 15:51、52
 

 今の若い人は「すぐに」の事を「秒で」なんて言い方をしますけど、それはまさに1秒もたたないうちに、一瞬で、って意味ですね。もちろん世の中、そんなふうに一瞬でできる事もありますが、中には時間のかかる事もあります。特に、長い間生きている人なら分かると思うんですが、人が変えられるっていうのはそんな「秒」では起こりません。普通は長い時間をかけながら、少しづつ変えられて行くもんです。それでも「ああ、この人はとうとう一生、変わらなかったなあ」なんて場合もあるわけです。それほど人が変わるって言うのは難しいものなんですが、実は聖書の中に、人がそれこそ一瞬で変わる場合があるって書いてあるんですよ。さて、それは一体どういう場合なんでしょうか・・・
 パウロっている人が、コリントという所にある教会に向けて、手紙を書いたているんです。その中で、とっても不思議な事を書いてある箇所があるんですよ。それはTコリントの15章なんですけど、ここにはイエス様を信じた者が、死んだ後、やがて復活する時が来るって書かれているんです。それはこんな具合にです。「聞きなさい。私はあなたがたに奥義を告げましょう。私たちはみな、眠ることになるのではなく変えられるのです。終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。」
 イエス様を信じている人だってやがては死ぬわけですが、それで終わりではないって事です。「終わりのラッパとともに」とありますが、これはこの世界が終わって、新しい世界がやって来る時を現しています。そしてその瞬間、不思議な事が起こるんです。それまで死んで眠っていた者たちがよみがえるんです。そしてそれは、新しい永遠の世界で生きるための、新しい体といのちを頂くためです。その時、「私たちは変えられる」とありますね。そうなんです。古い今までのこの体やいのちから、今度は永遠に生きられる体といのちへと変えられるんです。さてその時、一体どれぐらいの時間をかけて変えられるんでしょうか。蝶々だって、さなぎから羽化する時には随分と時間がかかりますよね。人間だって全く新しくなるためには、やっぱり相当な時間が必要じゃないでしょうか。ところが聖書にはこう書いてあります。「たちまち、一瞬のうちにです」って。一瞬、つまり「秒で」変えられるわけです。私達は、この世では自分を変えるためには随分と努力が必要です。そして少しでも自分がよくなって行こうとする人は、それこそ地道な努力を重ねて少しづつ、変えられて行くんです。神様は人間をそのように、一足飛びに変えてしまうんじゃなくて、本当に一生をかけて変えられて行くように造られたんですね。そしてそれはとても大事な事です。でも、最後の最後に神様は、サプライズを用意しておられます。新しい世界が来るときに、一瞬で全く新しい姿に変えられるんです。それは今までとは全く別次元の変えられ方なんですね。
 私達は地上ではコツコツと努力して変えられて行きましょう。でも最後には神様の手で完全に変えられる事を楽しみにしていましょう。もちろん、そのためにはこの地上にいる間にイエス様を信じる事が条件です。そしてみんなで一緒に「秒」で変えられましょう!

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