「すごい絵面」の巻

旧約聖書 エズラ記 10章1節
 

 「絵面(えづら)」っていうことばがありますよね。辞書を見ると「絵や情景から受ける印象・感じ」なんて説明があるんですが、あまりに印象的・衝撃的な場面を「すごい絵面だ」なんて言ったりします。でもこれは何も、実際の情景や写真や映像ばかりでなく、文章を読んでそこからそういう場面を想像するって事もあると思います。さて聖書にも時々、私達の想像力をかき立ててくれるようなすごい場面があるんですよ。
 旧約聖書のエズラ記に、こんな場面が描かれています。「エズラが神の宮の前でひれ伏し、涙ながらに祈って告白しているとき、イスラエルのうちから男や女や子どもの大集団が彼のところに集まって来て、民は激しく涙を流して泣いた。」
 エズラっていうのは、当時のイスラエル人達のリーダー的な存在であり、祭司であり学者でもあった人なんです。そしてこの頃っていうのは、ちょっと特殊な時代背景でもあったんです。なぜかって言うと、エズラの国、南ユダ王国は、以前にバビロンっていう帝国に滅ぼされてしまい、長く苦難の時代が続いていたんです。ところがようやく、他国に捕虜として捕らえられていた人々が自分の国に帰る事が許され、さあいよいよ国を再建しようっていう時代だったんです。ところがそこには大きな問題がありました。先に国に帰っていた人々が、周りの国の人々と結婚し、民族としての純粋性を失ってしまっていたんです。もちろん現代の私達の感覚では、国際結婚して何がいけないんだって思う所なんですが、当時のイスラエル人にとっては今とは少し事情が違いました。イスラエル人とは神様に選ばれた民族で、他民族と結婚したり、他民族の神々を受け入れたりする事は、神様から堅く禁じられていたんです。そこでエズラは神様の前に出て、民族の犯した罪を自分の罪の様に涙ながらに悔い改めました。すると、それを見ていた人々も、男や女や子どもまでもが、自分達のした事の過ちを示され、ぞくぞくと集まって来ました。やがてそれは大集団となり、みんなで激しく泣いて神様に悔い改める事になったんです。みなさんもちょっと想像してみて下さい。大群衆が、それも大人から子どもまでもが一斉に涙を流して号泣しているんです。それもひとりひとりが神様に向かって自分達の罪の悔い改めをしている訳です。これって、絵面的にかなりすごい場面だと思いませんか?でもこれはただ見た目にすごいだけじゃなく、なんと言ってもその中身が大事なんです。神様はたとえ罪を犯しても、心から悔い改めて祈る者には、その罪を赦し、恵みとあわれみを与えて下さるお方なんです。だからこの場面っていうのは、イスラエル民族が復興するためのひとつのターニングポイントだったって言えると思うんですよ。それは現代の私達にとっても同じ事です。罪を犯しても、これぐらい黙ってりゃ分からないだろうと思うのと、神様の前に出て悔い改めるのとでは、その後の祝福がまるっきり違ってくるんです。もしこれから祝福されて前に進みたいのなら、まず神様の赦しを頂くって事が大事なんです。
 そうなんです。エズラのした事は、単に絵面だけがよかったんじゃなく、民族のリーダーとして、霊的にもとても大切な事だったって訳ですね!

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