「終活宣告!?」の巻

旧約聖書 イザヤ書 38章1〜8節
 

 最近よく、終活ってことばが使われますよね。これはつまり終わりの活動、自分が人生の最期の時を迎えるにあたって、そのために必要な準備をする事なんです。でもこの終活って、自分から行うんならいいんですけど、他人からそろそろ終活しろ、なんて言われたらどうでしょうか。そんなの余計なお世話だって言いたくなりますよね。ところがそんな事をズバリと言われちゃった人がいるんですよね・・・
 旧約時代に、南ユダ王国にヒゼキヤっていう王様がいたんです。このヒゼキヤ王って、結構いい王様だったんですが、ある時、病気にかかってしまいます。そしてもういよいよ危ないって状態になるんですが、そこへイザヤという預言者がやってきます。預言者っていうのは神様からのことばを聞ける能力のある人で、その神様のことばを人々に伝えたりと、当時の社会では大きな役割を負っていた人なんですね。そんなわけだから、王様にだって優秀な預言者がついていれば、政治のかじ取りのよきアドバイザーになってくれたりするんですね。そしてイザヤは聖書に登場する預言者の中でも、ピカいちの実力を持つ預言者だったんです。さあ、そんなイザヤが王様の所へやって来ました。王様はきっとイザヤが「あなたの病気は治ると神様は告げておられます」的なメッセージを期待したんじゃないかと思うんですが、なんとイザヤの口から出たことばは次のようなものでした。「主はこう仰せられます。『あなたの家を整理せよ。あなたは死ぬ。直らない。』」
 なんとまあストレートな宣告でしょうか。つまりこれは「さっさと終活しなさい。あなたはもう死ぬんだから」っていう意味になるわけなんですが、これじゃあまりにも身もふたもないじゃないですか。しかしこれを聞いたヒゼキヤ王は神様の前で、自分が今まで一生懸命神様の前によいことをしてきたことを、どうか思い出してくださいって、大声で泣きながら祈ったんです。そんな、いくら祈ったってもう、神様からの「早く終活しなさい宣告」が出ているんだから今さらどうにもなりゃしない・・・と思いますか?しかしなんと神様から、預言者イザヤを通してこんな答えがあったんです。「わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙も見た。見よ。わたしはあなたの寿命にもう15年を加えよう。」しかもその後、ヒゼキヤの願いを聞き届けたっていうしるしとして、日時計の影を10度あとに戻すっていう奇蹟まで見せて下さったんです。 あと15年も生きられるんですから、これでもう急いで終活しなくってもいいじゃないですか。神様って案外、無理だと思える事だって聞いて下さるんですから、何でも祈って見なくては分かりませんね。
 もちろん、終活っていうのはできるだけ早くからするに越した事はありません。なぜなら人間はいつかは必ず死ぬものなんですから。でも神様の前に心から祈り、願い求める事もまた大事なことなんですよ。神様はその真剣な祈りも聞いて下さるんです。
 このように、私達の命っていうのは、神様の手の中にあるものなんですね。だからどんな時でも神様を信頼して、神様に聞きながら生きる事が結局、一番の終活にもなるんじゃないでしょうか。

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