「女子力つよっ!!」の巻

新約聖書 マルコの福音書 16章1〜7節
 

 今、「女子力」が強いとかなんとかって言われますけど、逆に「女子力」なんて男性目線じゃないか、などと、この言い方には賛否両論あるようです。では本当の「女子力」って一体何なんでしょうか?
 イエス様が復活された日の事を「イースター」と言って、教会ではその日をお祝いするんですが、その復活の日の朝、こんな出来事があったんです。イエス様が十字架で息を引き取られ、墓に葬られたのが金曜日です。その後、土曜日はユダヤ教の安息日で、誰も仕事をしてはいけない決まりになっていました。そこで安息日が明けた日曜日の朝早く、待ってました、とばかりにイエス様の墓へと向かう人達がいました。この人達は一体、何しに墓へ行ったのかと言うと、イエス様の体に油を塗りに行くためでした。当時のユダヤでは、遺体は火葬にせず、ほら穴のような墓に安置したんです。だからそのうちに遺体は腐っていやな臭いがしてきます。そこで少しでもそれを防ごうとイエス様の体に、いい匂いのする香油をぬってあげようとしたのです。そしてそのメンバーを見ると、それはマグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメであった、と聖書に書いてあります。と、ここで気付く事がありませんか?そう、全員女性ばっかりじゃないですか!彼女達は以前、イエス様にお世話になった人達であろうと思われます。でもイエス様に従っていた使徒達って、男性ばかりでしたよね。なぜここに男性がひとりもいなかったんでしょうか。おそらく使徒達は男性的思考で、もう死んでしまったイエス様に香油を塗ったってどうにもならない、論理的に言ってそんな事は時間の無駄だ、なんて思ったんじゃないでしょうか。まして墓にはローマの番兵たちがいる、そんな危ない所には行きたくない、とも思ったのかも知れません。しかし彼女達はそんな事は考えなかったんですね。しかも、墓の入り口は大きな石でふたがされていて、とても女性だけで動かせるようなものではありません。当然、彼女達もこの事は知ってはいたんですが、墓に着いてから、「墓の入口からあの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか。」なんで議論してるほどです。ここで男性なら、「おーい女子!そんな事は事前に調べておいて、誰か助っ人を金曜日ぐらいから予約しておくもんだ!」と言うところでしょうね。
 しかし女子のすごいところはここです。たとえそれ事が時間の無駄だろうが、非論理的であろうが、またローマの兵隊ににらまれようが、そんな事はどうでもよかったんです。彼女達はイエス様のために、何かをせずにはおられなかったんです。ついでに言うならば、墓のふたをどうやって開けるのか、と言う重要な事さえ、考えに入れていなかったんです。しかし結果的には、そこで彼女達はイエス様の復活を知ることになりました。ユダヤ人の中で、いや、世界で最初にこのグッドニュースを聞いたのは、男性の使徒達ではなく、この女性達だったのです。本当の女子力って、ここにあるんだとは思いませんか?それはただ、イエス様のために何かしてあげたい、っていう気持ちです。たとえそれが人の目には無駄であろうと、論理的でなかろうとです。そして神様はその気持ちに祝福をもって答えられたんですよ。私達もこの女子力、見習いたいと思いませんか?

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